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第113話 2022年の食中毒と2023年前半の傾向

2023.08.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

2023/8/1 update

  

 

 暑中お見舞い申し上げます。

 暑い夏が来ると、1996年に堺市などで発生した腸管出血性大腸菌O157集団食中毒が思い出されます(第59話)

 2022年の食中毒発生事例(確定値)を、7月4日に 厚生労働省が発表しました。概要を、表1に示しました。事件数は962件(前年比245件増)、患者数は6,856人(同4,224人減)、死者数は5人(同3人増)でした。前年より事件数は増加しましたが、患者数は大幅に減少していました。患者数が大幅に減少した背景には、2020年からの国民的な新型コロナウイルス対策が大きく影響していると思われます。

2023年1月から6月までの食中毒統計速報では、事件数、患者数ともに増加傾向を示しています。コロナ対策を軽視し始めたことが影響し、集会や飲食店の利用が増え、ノロウイルスなどの食中毒が増えていると考えられます。食中毒統計を参考に、微生物性食中毒の動向について考えてみましょう。

 

1) 2022年の食中毒の内訳

 食中毒統計は、診察した医師による届け出に基づく調査の集計です(第96話)。食中毒全体の把握は、米国のような積極的調査と比較すると、より困難であると思われます。その一方、毎年、同じ調査が行われていることから、食中毒の変容、トレンドの観測は可能だと思われます。

 

 

表1のように、ノロウイルスを原因とする食中毒患者数は2,175人(同52%減)と大幅に減少し、細菌を原因とする大規模な食中毒事件も発生しませんでした。アニサキスを主な病因物質とする寄生虫による食中毒事件は、前年よりも事件数、患者数ともに増加していました。

 死者数5人の食中毒は、植物性自然毒(イヌサフラン2件、グロリサオ1件)、動物性自然毒(フグ1件)、腸管出血性大腸菌(VT産生1件)を原因とするものでした。

病因物質別の事件数は、2020年396件、2021年354件に続いてアニサキスの578件がもっとも多く、全体の食中毒事件数の約60%を占めていました。これに表2のように、カンピロバクター属菌が185件(同20%増)、ノロウイルスが63件(同13%減)と続いていました。 

病因物質別の患者数については、ノロウイルスが2175人、ウェルシュ菌が1467人(同23.5%減)、カンピロバクター属菌が822人(7.5%増)の順となっていました。

 

 

 

図1には、厚生労働省の食中毒統計に示されている病因物質ごとの事件数を、経年変化として示した。アニサキスによる食中毒の報告が増加しており、アニサキスによるアレルギーの増加とともに懸念される事態となっています。

 図2には、病因物質ごとの患者数を、経年変化として示しました。患者数の減少傾向が続いています。減少傾向をもたらす原因として、 2020年からの国民的な新型コロナウイルス対策が大きく影響していると思われます。

 図2には、2020年に「その他の病原大腸菌」の患者数のピークが似られます。 2021年6月17日に、富山県で学校給食による腹痛、下痢、嘔吐の症状を訴える食中毒が発生しました。患者数は1,896名にも及び、原因食品として牛乳が確定されました。病因物質として病原性大腸菌が疑われました。その後、国立医薬品食品衛生研究所を始めとする研究機関の努力で、病原大腸菌 OUT (OgGp9):H18 と推定されています。

2023年の食中毒の発生については、7月7日までの食中毒統計速報によれば、ノロウイルスによる食中毒が増加しています。2月4日には、福岡県で弁当を食べた477人がノロウイルス食中毒を発症しています。ロタウイルス食中毒による死亡例が1件報告されています。1月に栃木の老人施設で28名が発症し、1名が死亡されています。

 

2) コロナ対策の変更の食中毒への影響

  わが国も、2020年からの新コロナウイルス感染症対策に、取り組んできました。食中毒対策にも良い影響を与え、食中毒の減少をもたらしてきたと考えられます。最新の食中毒統計の2023年1月からの速報値では、増加傾向が示されています。ノロウイルスによる大型の食中毒なども発生しています。新型コロナウイルス感染症の報告が減少し、外食や各種集会が増えています。5月から、感染症法に基づく新コロナウイルス感染症の分類が「新型インフルエンザ等感染症(いわゆる2類相当)」から「5類感染症」になりました。5月からは、国民各位の新コロナウイルスへの取り組みを尊重することになりました。

 注意すべきことは、新型コロナウイルスが消滅した訳ではないことです。日本医師会は、第9波の感染拡大が起こっている可能性を指摘しています。政府は、表3のように国民に対策の理解と実行を求めています。

 

 

 2020年からの新コロナウイルス対策で多くの国民が外出や人との接触を控えたことにより、各種感染症への免疫抵抗力が低下していることが心配されています。象徴的な現象として、こどもの夏風邪が図3のように、過去10年で最も多いと報告されています。

 乳幼児がかかりやすい夏の感染症「ヘルパンギーナ」の1医療機関あたりの患者数は過去10年で最多となっているそうです。ヘルパンギーナの原因になるのはエンテロウイルスですので、糞口感染や接触感染を起こします。厚労省は、「積極的な手洗いを」などの注意を呼びかけています。熱やせきなど風邪のような症状が出る呼吸器系の疾患、「RSウイルス感染症」も増加しています。

 

 

海外で日本より先に新型コロナウイルス対策を緩めた国でも、小児がかかりやすい複数の感染症の流行が報告されているそうです。病原体との接触機会の低下で、免疫を持たない子供らが感染していると考えられます。

「コロナ禍における感染対策の徹底により、従来の感染症病原体への接触機会が減り、免疫を獲得していないが増えた」との見解も出されています。手洗いやマスクの着用など、基本的な感染対策を続け、適切に予防接種を受けておくことも必要です。

 

 

 図4のように世界各地から異常気象が報告されています。わが国でも、地震の多発や線状降水帯による水害による被害が出ています。高温も重なって感染症や食中毒が発生し易い状況が続いています。清潔な生活を心がけ、正しく感染症や食中毒を恐れ、必要な対策を取るように心がけましょう。

 

参考文献:

1) 厚生労働省:食中毒統計資料、令和4年(2022年)食中毒発生状況、

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/04.html

2)国立保健医療科学院:No.22007 学校給食による大腸菌食中毒、公開日:2023年03月10日

https://www.niph.go.jp/h-crisis/archives/351888/